令和5年5月15日、8:33に女の子を出産した。その後のお話。
無事に女の子を出産したあとがこの世の終わりだった。
「はー、私でも産めた・・・」と今までにない安堵感に浸りながらも、男性医師3人が私の広げた股を見ながら話し合いをしている。
「これは左奥がなんやらかんやら」「出血がなんやらかんやら」「大きさがなんやらかんやら」
そして膣の中に何度も器具を出し入れされてすごく不快な気持ちになる。痛い。
我慢はするが、どうしても「痛い」と叫んでしまう。本当に痛い。
時折話かけてくれる助産師に「まだですか、痛いです」と言い、「今傷を処置してます、もう少しですよ」と言われるも、それから数時間が経過する。出産の時間より長い。
陣痛のときより痛かった。そりゃあもう痛かった。
そしてようやく目の前に医師がやってきた。
「ゆんさんは赤ちゃん産まれるまでに時間が早く、出血も多かったんです。そのため子宮の奥の方に大きくて深い傷ができました、そこを縫ってます。左側のお腹が痛くなるかもしれません、血が固まり、手術になるかもしれないということをわかっておいてください。今はガーゼで圧迫止血しています」とのことだった。
そして助産師から「部屋に戻りましょう、まずゆっくり起き上がりましょうか」
と言われ助産師の助けの元起き上がるが、すぐに目の前が真っ白になり倒れかける。
助産師が慌てているのがわかった。
助産師2名の介助でなんとか部屋に戻る。ベッドへ移動、
「尿が溜まっていると痛みが強くなります、けど今の状態だとトイレも危ないので管いれますね」と言われ
導尿される。
管を入れるとき痛かった。
分娩後もこんなに痛い思いはしなきゃいけないのね・・・・
やっと自由な時間。すぐに旦那に連絡する。寂しい。
今日の午後、面会に来てくれるみたいだ。うれしい。
立会い出産できなかったことを謝られたが、私も待てなくてごめんねだった。
すごくすごく疲れたが、神経がピリピリして寝れそうになかった。
旦那との面会は15:30から。
お股の傷が痛く、横に動くこともできなかった。
お昼ご飯も一口食べておしまい。
お腹はすいていたのに。
眠りにつけなくてもなんとか目をつぶり時間が経つのを待つ。
15:30前になった。
やっと旦那に会える。
点滴棒を支えにして頑張ってガニ股で旦那の元に行く。
旦那と一緒に赤ちゃんをガラス越しで見えるようにしてもらい産まれた姿を見た。
「私頑張って産んだよ、辛かった」と言い涙が溢れ出す。
辛かったのは陣痛、出産ももちろんそうだが、一番は出産後の処置だったけど。
旦那は私の頭を撫でて「頑張ったね」と言ってくれた。
3人で写真を撮った。
面会は赤ちゃんが15分、2人で15分だけの時間制限があり、その時間は本当にあっという間だった。
助産師が「もうお時間です、よろしいですか」と言いにくる。
これから退院までの5日間会えないと思うとまた涙が出そうになる。(この文章を書いてても泣きそうになるw)
その後も痛み止めをマックス最大限飲みまくり痛みに耐えた。
次の日から授乳指導があり、3時間ごとに新生児室に行きオムツ交換、体重測定、授乳をしていく。
助産師におっぱいマッサージのやり方を教わるも、自分でおっぱいをマッサージする気になれずいつもサボってた。
でも母乳の出は褒められてた。ダバダバではないけど、ちゃんとチョロチョロ母乳は出てきてた。
入院3日目になると今までないくらいおっぱいが張り上げてカチカチになった。マッサージをしてもらい、(自分でしろよw)
母乳が出ると少し硬さが和らいだ。面白い。
退院まで傷の痛みに耐えながら、「本当に私が出産したのか」と思いながら、なんとか退院の日を迎えた。
土曜日11:00退院予定。
昼の授乳を終え、会計を済ませ旦那を待つ。
数年振りか?のような会えなかった気持ちを抱え、旦那と再会。
赤ちゃんを連れ、3人になった。
車で帰宅。
ようこそ我が家へ。これから3人で幸せになろうね。
というわけで分娩後のブログはこれで終わり。
読んでくれてありがとう。
またね!!!
